家族4世代で赤門と記念写真


お孫さんの入学に合わせて本校赤門の学校名板(表札)の原版を制作していただいた橋本功先生のご家族が来校されました。
橋本先生、橋本先生のお母様、娘さん、お孫さんの4世代の記念写真となります。ご家族全員、古河一小出身者となります。お母様は大正15年生まれで古河一小には昭和8年入学だそうです。一小の歴史を感じますね。

大欅の伐採

◇2020年11月下旬の出来事です。本校の低学年校庭からグランドへ降りる階段の脇にそびえ立っていた「大欅」ですが,大きな幹の分かれ目から折れてしまいました。21日~23日の三連休中の出来事で,校舎の屋根に倒れ込む形で24日の朝確認されました。3日間強風は観測されていませんでしたが,大きく斜めに伸びた枝の自重に耐えられなかったようです。
◇まだ校庭が古河城出城のお堀だった頃から,出城に続く通路の脇に立っていたのではないかと考えられます。非常に長い間,一小のシンボルツリーとして学校を見守ってくれていたのだと思います。
◇残った幹にも空洞や枝先の枯れが見られ,植木業者や教育委員会との協議の末,残念ながら伐採することとなり,11月28日(土)に実施されました。

学校名板の原版が校内に設置されました。

◇2020年11月28日,学校名板の原版が玄関横の古河一小の歴史コーナーに設置されました。
◇これは1966年に本校を卒業された,橋本功先生の制作によるものです。先生は大東文化大学を卒業後埼玉県の高校の教員となり,2016年に昌平高校を定年退職後も非常勤講師として書道の指導にあたっておられ,墨香書道会副会長でもあります。

学校名板(表札)の設置

◇令和2年(2020年)10月21日(水),「赤門を保存する会」の事業により「学校名板(表札)」が設置されました。高さ160センチメートル,重さ45キログラムの金属製です。原版は木製で,後日校舎内に展示保管されます。

赤門の説明板設置

◇令和2年(2020年)10月1日に,古河市立古河第一小学校と赤門の由来についての説明板が,「赤門を保存する会」の事業により設置されました。

赤門が「市指定文化財(建造物)」に指定

◇古河一小正門(赤門)1対が,令和2年3月27日付で古河市指定文化財(建造物)に指定されました。

本校正門(赤門)の耐震改修工事が完了し,通行ができるようになりました

3月3日(火)より赤門が通行できるようになりました。約3ヶ月の耐震改修工事が完了し,登下校で子どもたちが通行できるようになりました。子どもたちはとても嬉しそうに笑顔一杯に赤門を通行していました。保護者・地域の皆様には,ご心配とご不便をおかけしました。

10月1日は古河第一小学校の創立記念日です

<古河一小の歴史>
明治5年 古河の小学校初めて設立,旧古河藩の学館盈科堂と武芸道場跡(片町)に士族小学校,尊勝院に市街小学校を創立
明治10年 古河小学校と称す。(片町)
明治19年 古河尋常小学校と改称。(一丁目)
明治37年10月 現在の場所に平屋建(山型校舎)建てられ一小の歴史がスタートする。


明治42年 古河女子尋常高等小学校と改称,女子校となる。
大正3年 本校内に古河女子技芸学校を開校。(赤門左側に学校表札を掲げる)
大正15年 本校内に古河実科高等女学校が開校。

 
昭和16年 「国民学校令」公布,古河女子国民学校となる。
昭和22年 古河町立古河小学校となる。
昭和24年9月30日 古河町立古河第一小学校となる。

昭和24年10月1日 現在の創立記念日第一小学校が発足する運動会・卒業式の回数はここから始まる。
昭和25年 市制施行により,古河市立古河第一小学校となる。


昭和41年 築山ができ(卒業生寄付),「城山」と名付けられる。

昭和44年(第1期)~昭和48年(第5期)工事を経て校舎改築。

昭和49年体育館完成。



つりぼり池ができる

改築改築前の赤門

航空写真からの一小の歴史




平成27年(2015)新校舎完成・平成29年(2017)落成